注文住宅 千葉の基本はここから
消費狂いになってしまったアメリカ人と、レーガンの大減税は、虚構に虚構を重ねる経済政策である。
日本商品はアメリカの異常膨張に吸い込まれ、繁栄しているかのように見えるが、この異常膨張した経済に合わせて設備投資すると、これからは過剰設備がやがて深刻な問題(重荷)になる。
財政赤字を減らすには、大幅な歳出削減と増税以外に道はない。
しかしアメリカは本気で財政収支均衡法をやる気がない。
アメリカの要求に合わせた日本の内需拡大論は、日本経済を破滅させる。
ドル崩壊の危険性は常にあり、もう日本は何兆円も損をしている。
日米は縮小均衡から再出発せよ。
世界同時不況を覚悟するしか解決の道はない。
下村博士がこのような主張をしたとき、誰も耳を傾けなかった。
それどころか、噺笑すら聞こえてきた。
やがて土地バブルが起こり、それが崩壊して、下村博士の指摘通りになった。
だが、その後も下村博士の主張は無視された。
それどころか「小泉・竹中時代」になると、まったくのアメリカ型強欲資本主義を追随する思想が日本を席捲し、「勝ち組・負け組」論が人々の心を支配する勢いとなったことは詳述した。
「六本木ヒルズ族」なるものが生まれ、「売るための会社づくり」が若手起業家を魅了し、大ブームとなった。
当時の日銀総裁は、やがて逮捕されるヘッジファンド・マネージャーに資金運用を依頼していたことが発覚し、やはり塀の向こうの人となるホリエモンを自民党幹部が代議士になるよう応援する時代になった。
同時に「格差は正しい」、「東京をウォール街のような国際金融都市にし、モノづくりよりも金融国家となることを目指すべきである」といったことが喧伝された。
現在も、その延長線上にあり、下村博士が提言した厳しい処方菱を一受け入れようとする声は、経済界はもちろん、政界の中心からもまったく聞こえてこない。
亡国の「前川レポート」レーガノミックスがもたらしたアメリカ経済の問題はすでに述べたが、日本は、その問題解消の道具の一つになり、日本経済は大きな影響を一受けた。
レーガン政権にとって、貿易収支の赤字の解消は急務であり、当時、巨額の対日貿易赤字を抱えていた日本に市場開放を強く迫ったのである。
こうした要請に応える形で、日本では一九八六年、経済政策の指針となる「前川レポート」(「国際協調のための経済構造調整研究会」報告書、座長は元日銀総裁・前川春雄)が書かれ、内需の振興が図られた。
それが結局大規模な不動産バブルを引き起こす根本原因となった。
下村博士は、「前川レポート」を厳しく批判している。
「前川レポート」の内容と、下村博士の批判の詳細をここに紹介することは省くが、一言でいえば下村博士は「「前川レポート』は日本の健全さを捨てさせるものだ」と喝破し、「この報告書がいう体質改善というのは、働く意欲を阻害し、勤労精神・貯蓄精神をゆるめ、節度ある経済・財政運営の気構えをなくして、もっと気楽な気持ちで麿揚にカネをばらまき、怠けて遊ぶようにしなさい、ということである。
そうすれば生活はよくなると。
これはどこかが狂っている」とバッサリと切り捨てている。
実際に日本はバブル時代にその通りとなり、やがてそのツケを日本国民は全部支払わされることになったのは周知の事実である。
日本のバブル発生時に、ウォール街が日本のビジネスで上げた収益はたかがしれていた。
それはまず、アメリカの投資銀行自体が小資本だったからである。
前述したように、私が勤務していたゴールドマン・サックスは、当時はまだ株式未公開のパートナーシップで、公募で資本金を集めるようなことはできなかった。
八○年代半ば、私は住友銀行、三井銀行、第一勧業銀行、東海銀行のニューョーク支店から総額三億五千万ドルを劣後債で調達したが、投資時のゴールドマンにとっては、これは非常に大きな金額だった。
この取引がやがて住友銀行による「特別リミテッド・パートナーシップ」五億ドルの投資に繋がった。
当時の投資銀行にできたのは、アメリカの不動産や企業を日本の投資家に売却する、「資本輸入ビジネス」だった。
アメリカの資本家は、市場のピークで会社や不動産を日本の投資家に売り抜くことができた。
私もたくさんの不動産を日本の投資家に売却する仕事をした。
最初はまともなビジネスだったが、やがて手がつけられないほどのバブル・ビジネスへと変わった。
それはやがて私自身の心に「バブルを煽った張本人の一人」という原罪意識を刻むこととなった。
これにはいくつかの根本的な理由があった。
まず日米ともにゆるゆるといっていいほどに金融は緩和された状態であり、低金利の資金が市場にジャブジャブに放出されており、超過剰流動性が存在していたことである。
次に日本政府(小泉竹中政権)が、すべての損を日本の納税者に押し付け、利益はそっくりそのまま彼らが持って行けるような方針をとった。
銀行が損を出して潰れそうになれば、それを潰さず税金を投入した。
金利をゼロにし、大量の利益を納税者から銀行に所得移転した。
日本長期信用銀行のリップルゥッドへの売却のように、「暇庇担保条項」という条件を受け入れ、将来の利益はすべてリップルゥッドに帰属するものの、もしさらに要償却資産が出た場合には、実質的に日本の納税者が被ることすら契約された。
また株式を再上場し、キャピタル・ゲインが上がった際には、一円たりとも納税せずに、全額自分たちの懐に入れることも許容された。
この取引の表に立っているのはリップルゥッドであったが、実際に指揮したのはゴールドマン・サックス出身の投資銀行家、クリス・フラワーズであり、彼のファンドには数多くのゴールドマン・サックスOBが出資していた。
一方、日本政府が雇った、日本の国民側に立つべきアドバイザーは、なんとゴールドマン・サックスだった。
異様なことに、日本政府はここに利益相反関係をこれっぽっちも感じなかったらしい。
その後大量の不良資産が銀行からまとめ売り(バルク・セール)され、そこに米系投資銀行とその出身者が運営するファンドが群がった。
彼らは担保処理などの「汚い仕事」は、日本人が経営する新興不動産会社にやらせた。
彼らのうち、かなりの会社はその後株式を公開するに至り、経営者は大きな富を手にすることができた。
やがて私募、公募のREITを運用したりして、低金利と過剰流動性の恩恵を見事にエンジョイして行く。
それでは彼らが太る原資はいったい何だったのか。
最大の原資はいうまでもなく「日本の納税者が被った損」である。
こうしてバブル崩壊後の経緯を振り返れば、単純に「アメリカはけしからん」となりがちである。
下村博士も「日本は悪くない、悪いのはアメリカだ」と言っている。
しかし、私はその指摘に対しては「ちょっと待ってほしい」と申し上げたい。
アメリカでも、一般庶民、一般納税者はウォール街の一部のエリートにカモにされる側にいたことは、ここでたびたび言及してきた。
日本の一般納税者は、アメリカの一般納税者に搾取されたのではない。
むしろ彼ら同様に、ウォール街に搾取されたのである。
全世界でウォール街の金融資本が、アメリカ人や日本人を含む、大多数の世界の庶民を搾取して富を独占する仕組みがつくられてきた。
すなわち「ウォール街妬全世界」の構図である。
有望な注文住宅 千葉は欠かせません。注文住宅 千葉は絶大な支持を受けています。
お客様に相応しい注文住宅 千葉のルーツに迫ります。注文住宅 千葉の定番として根強い人気があります。
注文住宅 千葉を見に付けてみましょう。注文住宅 千葉に関連した書きかけ項目です。